日帰り一人旅 田原坂(西南戦争):②散策編 part1

旅行

西南戦争の激戦地 田原坂(たばるざか)の訪問 「木葉駅から豊岡眼鏡橋まで」

木葉駅までのルート 空港リムジンバス~JR鹿児島本線

熊本空港から熊本駅はリムジンバスを利用
朝の通勤渋滞が激しく、20分遅れで熊本駅に到着
バスは後払いでVISAタッチ(空港でチケット購入可)

熊本駅からはJR鹿児島本線の普通列車
2両編成でガラガラかと思いきや、大学生であふれ
まるで首都圏の通勤列車の様相 
学生が下車後、ガラガラになった

SUICA利用
帰りの田原坂駅(無人駅)のSUICA利用は帰路編で紹介
~日帰り一人旅 田原坂(西南戦争):④帰路編~

いよいよ木葉駅から散策スタート

木葉駅前に田原坂の紹介観光案内がある
ここに、西南戦争遺跡の無料パンフレットがおかれており
これがとても重宝した(保存活用協議会の皆様に感謝です)

木葉駅前から最初の目的地 「高月官軍墓地」は
スーパー右の道に進む やがて入口が見えてくる

木葉駅前https://maps.app.goo.gl/hyjFC1wSLFLKv4Mr8


高月官軍墓地

西南戦争の官軍墓地の中で最大規模の墓地
980柱の官軍兵士が葬られている
墓石には兵士の階級、氏名、出身地、所属部隊、戦没地点が刻まれている
墓石の多さ、整然とした配置に圧倒
定かでないが、階級で墓石の大きさが異なる

高月官軍墓地https://maps.app.goo.gl/i2atuRVbDX9yBuFs5


有栖川宮督戦の地

西南戦争で、政府軍の最高指揮官、有栖川宮熾仁親王が督戦した場所
現在は丸田公園として整備(中世の城跡)
小高い丘陵地にあり、木葉山から玉東町一帯を見渡せる景色の良い場所でもあることから、当時は戦況を一望できる場所であることがよくわかる

有栖川宮督戦の地https://maps.app.goo.gl/YKHUTftxxZo95xzA7


上木葉官軍本営跡

田原坂の戦い、官軍の本営で、参軍・山県有朋が作戦司令として入り、田原坂占領後は戦後処理などを指令したところ
当時の建物は残っていないが、当時の古井戸が残っている

上木葉官軍本営跡https://maps.app.goo.gl/yBn5kjPBPuAurM8w9


正念寺

寺院は、政府軍の大繃帯所(前線で戦傷者の手当をする施設)として利用された
当時は、周辺の医師もかりだされ、想定外の死傷者が運び込まれた境内は血の海となり、うめき声やさけび声が絶えなかったという。また、山門には、西南戦争で被弾した跡が数多く残っている

正念寺https://maps.app.goo.gl/PkHjdb7LUAbqbu6T9

この正念寺では、「赤十字」の思想を反映し、敵も味方も関係なく治療が行われ、日本赤十字社の前身である「博愛社」が創設された場所でもある
また、薩官両軍の戦没者の碑があるのも、博愛社の精神がうかがえる

田原坂攻撃官軍第一線の碑

国道208号線沿いにあり、田原坂が目前にあることを感じる
正念寺からの豊岡眼鏡橋までの国道歩きは、交通量が非常に多く、歩道も無きに等しいため、歩行者にはとても危険
私は対向車が前から見えるよう、右側の歩道を歩き車に注意

田原坂攻撃官軍第一線の碑https://maps.app.goo.gl/amLdZqVimG5H1ewb8


富岡眼鏡橋

田原坂のふもとを流れる中谷川にかかる、江戸時代後期に造られた熊本県内で最古の石橋
西南戦争に参加した政府軍兵士が、激戦地・田原坂に赴くときに越えていった橋

富岡眼鏡橋https://maps.app.goo.gl/V38C5mGaUdWoEn4i7


オアシス セブン-イレブン 熊本田原坂店

いよいよ田原坂
猛暑の中、1時間以上歩く中、トイレ休憩もしたい、冷たい飲み物も調達したいと思っていた
オアシスが目の前に現れた
田原坂入口の目前 リフレッシュできました

セブン-イレブン 熊本田原坂店https://maps.app.goo.gl/rv4g4CePfzZGAq3n8


次は いよいよ ~③散策編 part2~ 田原坂に踏み入る

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